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Winchester Mystery House !
 ウィンチェスター婦人の巨大な屋敷とライフル・ミュージアム!
 今回は先日行った小旅行で立ち寄ったウィンチェスター・ミステリーハウスを紹介したいと思います。 ここはサンフランシスコの少し南にあるサンノゼというところにあります。 ここはお察しのとおりあのウィンチェスターライフルを開発したオリバー・ウィンチェスター氏の息子、2代目のウィリアム・ウィンチェスター氏の夫人サラ婦人が立てた屋敷で一般公開されているのですが、なぜミステリーハウスなのかというと、大小160もの部屋があり中は迷路のようで天井に向かって階段があったりドアや窓を開けると壁だったり、わけの分からないつくりになっているのです。

 中は写真撮影禁止なのでここではお見せできないのですが、ここにはアメリカ西海岸でもっとも多いウィンチェスター・ライフルのコレクションが見られるミュージアムの1つがあるのです。 そこは写真がO.K.なので少しご紹介したいと思いますが、まずはなぜそんな変な屋敷なのかに触れてみたいと思います。


広大な屋敷の全景


前庭から見た屋敷
 サラ・ウィンチェスター婦人についての記述が紹介ウェブサイトにありましたので引用させていただきます。 しかしライフルの記述に間違いがあったので訂正させていただきました。

 1861年4月、アメリカ合衆国第16代大統領にエイブラハム・リンカーンが就任したことを受けて、すでに合衆国から脱退し、アメリカ連合国を設立していた南部諸州は、サムター要塞を攻撃した。 いわゆる「南北戦争」の始まりである。
 この南北戦争で、北軍を勝利に導いたものの一つが、ヘンリー・ライフルであった。
ベンジャミン・ テイラー・ヘンリーにより開発されたこのライフルの画期的な点は、16連発のレバーアクションである。これにより弾丸の装填時間が圧倒的に短縮され、連続射撃が可能となった。工業技術に乏しかった南部諸州にとっては、まさに脅威であった。
 さらに、南北戦争終結後の1866年にはオリバー・ウィンチェスターが装填機構を改善し、より使用しやすくなった「M1866」が開発された。 これが西部開拓者に愛用され、次々とインディアンを殺戮していった。
オリバーにより設立されたウィンチェスター・リピーディング・アームズ社はこの新兵器の発明により莫大な財産を築いていた。

 しかし、それは一族を襲う血塗られた呪いの始まりでもあった。

 
オリバーの息子、ウィリアム・ワート・ウィンチェスターのところに小柄でかわいらしい娘が嫁いだ。コネチカット州の由緒正しい一家出身のサラ・パーディである。 サラはみんなから愛された。サラの結婚生活は幸せなものであった。 そして、結婚して2年後にアニーを出産した。 しかし、愛娘は生後間もなくして原因不明の病により早逝してしまう。 これが1866年のことである。 ちょうど南北戦争が終結して1年後である。

 
娘の死を機に、サラの周りで次々と不幸が起った。 サラの両親が死に、ウィンチェスター社初代社長の義父オリバーが死に、そして、1881年、よき理解者であり、最愛の夫であったウィンチェスター社2代目社長ウィリアムが急逝してしまった。 サラは一人になってしまったのだ。

 ある日、サラは一人の占い師と出会った。占い師は彼女にこう語った。
「あなた様の一族は呪われています。その”銃”は何万もの人を殺しました。 そして、殺された人々は彷徨える亡霊となり、あなた様に復讐をしています。 あなた様は不幸にもその災厄の渦中にいるのです。 もし、彼らの災いから逃れたければ、西の地に壮大な城館をお建てなさい。 決して完成させることなく、24時間365日休むことなく造り続けるのです。 そうすれば、亡くなったご主人やお子様らが精霊となり、一族を怨む悪霊からあなた様をお守りするでしょう。」

 
そして、サラは夫の残した莫大な遺産を、その「決して完成することのない城館」建築のために使い続けることとなったのである。

 Mansion Tour


ツアーの入り口
 ウィンチェスター・ライフルは西部を征服した銃として有名になったのは、ここのホームページに来る方はご存知だと思います。 爆発的に売れたライフルで巨万の富を築いたウィンチェスター氏はライフルだけでなく農場や電化製品までウィンチェスター・ブランドで売り出していたのですが、2代目のウィリアム氏が亡くなった後、婦人のサラ・ウィンチェスター婦人はウィンチェスター・ライフルで殺された人々の亡霊に恐れ、亡くなるまでの32年間ずっと家を増築し続けたそうです。
 それは占い師に言われたからで迷路のように部屋やドアや窓を作り続けて亡霊から身を隠すようにしていたとか? サラ・ウィンチェスター婦人はかなり背の低い人だったようで普通のアメリカ人の肩位までの高さのドアとか、普通なら1方向で上がれるような階段を3回折り返して少しずつ上がれるようになっている階段などわけの分からないつくりが多く、それにサラ婦人は不吉とされる13と言う数字を好んで使用したのです。 階段の数、部屋の窓の数、壁の服をかけるフックの数、果ては水を流す穴のふたにも13の穴が開いているというひじょうに興味深い建物です。 本人は地図を持っていたそうで、そうでなければ絶対迷ってしまうでしょうね!。


植木が13に?(バカボンのパパが刈った?笑)


2階の壁にあるドア!
 中を見学するにはツアーに申し込まなければ見ることが出来ませんが、ガイドさんが色々なエピソードを話しながらなかを案内してくれます。

 ガイドさんいわく、ちょっと気が変になったおばあさんが、占い師の言うことを聞いて死ぬまでずっと財産を使って増築し続けたのだそうな!(笑)

 正面玄関(メインドア)は、婦人と大工2人の合計3人しか通ったことがないのだそうです。 時の大統領のセオドア・ルーズベルト大統領がここを訪れた時、婦人は「仕事がほしいなら裏口に回ってくれ!」と大統領に言ったとか? 大統領さえも中に入れなかったのだそうです。(笑)


大統領も入れなかった表玄関!
 Winchesuter Firearms Museum


ミュージアムの入り口
 屋敷のツアーの入り口の横に無料で見られるウィンチェスター・ファイヤーアームズ・ミュージアムがあります。 ここのコレクションはウィンチェスター・ライフルの元になったヘンリー・ライフルやそれを改良したM1866イエローボーイ、そしてスモークレス・パウダーに対応したM1873ライフルなどウィンチェスター・ライフルのほとんど全部があるのではないでしょうか?
 もちろん1887レバーアクション・ショットガンや1897ショットガンもあります。 ほとんど新品のようなトレンチガンやウィンチェスター製のM1ガーランドなど興味深い物がたくさんありましたので写真で紹介します。


入ってすぐの所にあるヘンリー、M66、M73のライフル


M92、M94ライフルが見えます。


スライド・アクションのライフルもあったのですね。


初期のシングル・ショット・ライフル


フリント・ロックやパーカッション・ライフル


各種小口径ライフル


M1ガーランドがあります。


87,97のショットガンたち


M12ショットガン


オートのショットガンも見えます。


各種記念モデル


こちらも記念モデルです。


ケンタッキー・ライフル


ローリング・ブロック


ハンドガン・コレクション


スコーフィールドにレミントンのパーカッション!
 コルトやスミス・アンド・ウェッソンの史実には一族が呪われたなどと言う記録は残っていないのでウィンチェスター一族が本当に呪われていたかどうかは定かではないですけど、ここのミュージアムのコレクションは一見の価値がありますのでサンフランシスコまで来られたらサンノゼまで足を伸ばしてぜひ立ち寄っていただきたいです。


                                              4/19/2010


新品のようなトレンチガン!
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