Peko's Gun Box
The difference between men and boys is the price of their toys. (by Ichiro Nagata)
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ガンとの出合い のページ
わたしがペコです。  The difference between men and boys is the price of their toys.
  
「大人と子供の違いは彼らのおもちゃの値段である」

 とは昔、永田一郎さんのガンロッカーに張られていた言葉です。
 今は一概にそうとは言えなくなってきてるみたいですけど、、。
ガンとの出合い
MGCのガバメント・カスタム、カッコよかったです!
  懐かしいでしょ! これらも紹介します。
 私とガンの出合いは小学校低学年のころにさかのぼります。 自分では喧嘩とかした事が無くおとなしい子供でしたのでガンなどの武器にひじょうに興味を持っていました。ガンは弱者でもそれを持つことによって強者と同じレベルに持って行ってくれるからかも知れません。最初のガンは銀玉鉄砲(セキデンオートマチック SAP50)でした。1911風でダブルアクションのトリガーガードのすぐ上から玉が出るやつです。(これで遊んだとなると歳がバレル?!) そして小学校2〜3年のころから少年雑誌のモデルガンの広告を切り抜いて手帳の中に入れていつも持って歩いていました。(なんとそれは今でもまだ残っているんです。)
 ある日、親父がプラの鼓弾を発射するエアライフルを買ってきたのです。しかし私はそれよりピストルのほうがいいと駄々をこねて泣き、わざわざそれを親父に交換させに行ったのです。親父は仕方が無いので今度はワルサーPPKタイプのスライドがトリガーに連動して下がりプラの玉をハンマーで直接たたいて飛ばすピストルに交換してもらいました。なぜかそれも私は気に入らず同じような構造で固定スライドの1911タイプのガンにまた取り替えてもらいました。銀玉鉄砲に親しんだ私はスライドが下がるのが奇妙にしか映らず子供心にそれが許せなかったようです。そのせいかどうかはわかりませんがいまだに1911が好きですし、初めて買った実銃はコルトのシリーズ80ガバメントでした。
 小学校4年生の途中まで兵庫県西宮市(甲子園球場のあるところです)に住んでいた私は親父の転勤で和歌山県和歌山市に引っ越しました。当時、国鉄和歌山駅にはステーションデパートと言うのがあってそこのおもちゃ売り場へはよく足を運びました。中田のワルサーP38やルガーP−08が黒い光沢を放って飾ってあったからです。あまり知られていませんがMGCのボンドショップと言うか直売店もその売り場の一角にあったんです。そのショーケースの中にはガバメントのターゲットモデルやコルトパイソンが並んでいたりするのですが、当時MGCは普通の黒い仕上げとガンブルー仕上げと言う少し緑がかったような美しい仕上げのガンとを選べるようになっており私は何時間もそのショーケースの前に張り付いていたのを覚えています。いかんせん小学生の私には高嶺の花で、それにMGCでは買うときに住民票を見せなければならず、そんなものを買う為に親が用意してくれるわけが無いのでカタログだけで我慢していました。それでもこつこつためたお年玉でマルゴーのPPKを清水の舞台から飛び降りた気分で買って帰りました。ある日突然モデルガンを買って帰ってきた私に案の定母親は「まったくそんなもの買ってきて!」ともうぼろくそに怒りました。取り上げはされませんでしたが今でもあのときのことは覚えています。まあこれで晴れて私もモデルガンオーナーになったわけです。MGCにはありませんでしたがマルゴーのには王冠マークがついていましたのでこれがどうも気に入らなくて消えるまでスライドを削ってガンブルーを買って来て黒に染めていました。おかげでスライドのエッジが丸くなって22口径のPPKのようになっていました。
フォアエンドはプラ製だったのでABSのM31が出た時に木製のに取り替えました!

いちおうまだ形をたもっています!(フォアエンドはプラ用)
 間もなく46年規制がやってきて各種モデルガンは銃口は塞がれ金色になってしまいました。中学生になってまた転勤で神戸にやってきた私はお年玉はみんなモデルガンに費やしていました。何丁か買いましたが高校生の私には52年規制の時、みんなのように買いあさることが出来なくて消えていく銃身分離タイプのモデルガンを指をくわえて見ていました。 そういえば有り金はたいて最後の1丁のM31ショットガンを手に入れたことを思い出しました。間一髪、他の人の手に渡る前におさえたラッキーなものでした。買い損ねた人の残念そうな顔を今でも覚えています。
 その後、プラのモデルガンが出回るようになり私もいくつか買いましたが、社会人になり仕事が忙しくなってガンから少し遠ざかっていました。 あるとき、アメリカのおばさんのところへ遊びに行く機会があり、いとこにシューティングに連れて行ってもらいました。もともとガン好きの私は「これは良い! アメリカに住みたいなあ!!」と思うようになりました。運が良いというかそう思っていると何とかなるものでその1年後、アメリカのいとこから仕事の空きがあるから来ないかと誘いがあり、永住権も取ってくれると言うのであまり先のことを考えないでいくことに決めたんです。英語はやはり困りました。 実際の英語は(英語と言うより米語です)今まで習ってきた英語とはまったく別のものに感じました。けど生活がかかっているので何とかなるものです。高校の時は英語が一番苦手で恥ずかしい話ですが期末テストは40点が取れず、休み中は必ず補修を受けていた人なんです。そんな人間がアメリカでやっているのですからみんなアメリカにこれから来ようと思う人は全然平気ですよ。やる気さえあれば!
 そういうわけでアメリカへ来てもう30年以上が過ぎました! そのガン歴から皆さんが興味のありそうなガンの話を1つ1つ思い出しながらお話しようと思います。

                                               8/13/2006
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